ASA-CHANG「作用する音楽、生み出すリズム」

第3回目はRhythm Circus Vol.1でハッピータブラボンゴ会社と共にご出演くださるASA-CHANGさんにインタビューしました。
ASA-CHANG&巡礼としての活動内容を軸に、リズム、そして音楽への想いを語っていただきました。

インタビューアー 吉田みさと (2010/03/27掲載)


【リズムで何かを“生み出す”】

とても緊張しているのですが、よろしくお願いします。…ASA-CHANG&巡礼(※1)の表現している音がとても好きです。タブラの音色とことばのリズムが密接に関わりあって、独特の世界が広がっているように感じました。ASA-CHANGさんにとってのリズムについてのお考えを聴きたいです。

ASA-CHANG リズムについては、僕は未だによくわかりません。わからないからずっと打楽器をやっているのかもしれません。ただ、ASA-CHANG&巡礼の音楽形態で言えば、人の感情の奥にズン、と入っていくようなリズムではあると思います。ピースフルな発言ではないけれど、リズムで人を殺せるかもしれないし、逆に言えば、人を産むこともできるかもしれません。

人を音ではなく、リズムで殺す…。

ASA-CHANG 実際殺しちゃいけませんよ。けれど、僕はそのくらい扱いようによっては怖いものだと思っています。

リズムって、とてもエネルギーのあるものですよね。

ASA-CHANG そうですね…エネルギーのあるものであってほしいですね。リズムで音楽表現するような一元的なものではなくて、リズムから違う感情を生むような何かができればいいですね。例えば「踊りたい」とかそういうレベルの話ではなくて、産まれたり死んだり、泣いたり楽しんだり…リズムを聴いた人が、そういう感情を持てればと思います。つまりは、リズムによって情景や色が浮かんできたり、心臓がドキドキしたり、血液がどっと逆流してきたりする感じ。ただ「気持ちよくなった」だけでは終わらないものをやりたい、と思います。

【生々しさ、感情のあいだ】

ASA-CHANG 「気持ちよくなった」だけというか、ピースフルすぎるというか…。例えば、小説の文章表現ってすごく生々しいと思いませんか?

わかります! 文字を読むだけでそこから音や映像や香りが感じられるから、小説が大好きです。

ASA-CHANG そうでしょ、活字でもそういう表現ができているじゃない。生々しくて、赤裸裸だったりするじゃないですか。…逆に、ピースフルで、エバーグリーンな小説って、なんか気持ち悪くないですか?(笑)

確かに。すごく納得できます。(笑)

ASA-CHANG それなのに音楽だけ生温いことを言っているなあ、と常々思いますよ。そう思いません?

うーん…考えてみると、「みんなでしあわせに」みたいなハッピーなメッセージを込めた曲が多いかもしれませんね。それだけでなく、最近の音楽って喜びにしろ悲しみにしろ、そこに表現されているものが虚構の感情のように感じられて、そこに奥深いものを感じにくい…。

ASA-CHANG そう、薄っぺらい気がします。僕も全く同じ気持ちです。だから、喜怒哀楽のあいだの感情を表現する音楽があったっていいんじゃないか、と思います。喜と怒のあいだだってあるんだから。そういう部分を、リズムとことばを中心に、僕は音楽で表現していきたいと思います。

【音の設計図】

確かに、ASA-CHANG&巡礼の音ってすごく生々しいと思います。情景や香りが感じられる。実際に曲を作るときには、そういったイメージが浮かんでらっしゃるんですか?

ASA-CHANG 書き留められるくらいに確信的なものが浮かんでいないと作れませんよね。僕の場合は、曖昧なスケッチを描いてから色を塗って、という段階を踏まず的確にことばを書き始めるので、その時点でイメージは見えているんでしょうね、きっと。

歌詞をはじめに書かれるんですか?

ASA-CHANG それはよく聞かれるんだけど、わかりません。ことばを先に書いてリズムをつけるときもあるし、リズムにあわせてことばを調整するときもあるし。ほぼ同時に両方の作業をしています。そこに曖昧さはあまりなくて、譜面を書くというよりは、曲を作るための設計図を描いていくような感じで書いてます。そんなものがなくて曲ができればいいのかもしれないですけど。例えば、設計図がないと家の強度が保てなかったりするでしょ。(笑)そう考えると、「ここに釘を打ちます」くらいの、骨組み以上のものを書いておいた方が良いですよね。

【ハッピータブラボンゴ会社との共演】

今回リズムサーカスではハッピータブラボンゴ会社の方々と共演して下さる予定ですが、タブラボンゴという楽器の魅力について教えてください。

ASA-CHANG インドネシアに元々あった楽器ではあるけれど、自分でタブラボンゴっていう名前をつけた創作楽器に近いものなので、愛着がありますよね。見た目はあまり民族楽器っぽくない大小の太鼓なのに、意外とたくさんの音色が出たりするところが面白いなあ、と思ってます。

ハッピータブラボンゴ会社の方々はASA-CHANGさんにタブラボンゴのレッスンを受けているんですよね。

ASA-CHANG はじめはリズムや叩き方を僕が提示していたけれど、今はみんなでゼミみたいに創りあげています。こういうグループって僕みたいな立場がリーダーみたいになってしまうことが多いけど、彼らは自立していますからね。今回きちんと共演するのは初めてですよ。

そうなんですか!リズムサーカスが記念すべき初共演…嬉しいです!!どんな音が聴けるのか楽しみです。

ASA-CHANG 多分そんなにエスニックな音ではないと思いますよ。(笑)

タブラボンゴは他の民族楽器に較べて親しみやすいけれど、やっぱり音色はエスニックだなあ、という印象を受けています。民族的な音についてどう思われますか?

ASA-CHANG 民族楽器、民族音楽という言葉は他民族楽器や他民族音楽のことを指していて、それを扱うことは他の国の文化を借りてきていることになりますよね。そのまま借りてきてマネしようとするのは逆に失礼なんじゃないかって僕は思います。だから、そこに創作を加えて独自のものとして解釈すれば良いんじゃないか、と。例えば、お寿司のカリフォルニアロールって本来のお寿司にはないメニューだけどおいしいじゃないですか。(笑)そういうことの方が、日本の個性を活かしてアレンジしてくれていて、嬉しいですよね。

確かに!アボガドをお寿司に入れるなんて、日本人は考えつかなかったことですもんね。

ASA-CHANG 逆に、パスタにタバスコをかける文化はイタリアにはないから、イタリア人は「なんで日本人はタバスコを求めるんだろう」って疑問に思いますよね。そういうエラー感がリズムや音楽にもあって、失礼にあたらないエラー感を僕は音楽の中で大事にしていきたいな、と思います。

【ハッピータブラボンゴ会社との共演】

ASA-CHANGさんの中で「これが他とは違う、自分の音楽だ!」みたいな何かってありますか?

ASA-CHANG 僕がパーカッショニストになった頃って、今と楽器自体のくくりが違ったんです。今はアフリカなどの民族楽器もすんなり手に入るけれど、ポップスの世界で言えば、昔はパーカッショニスト=ラテンの音楽をやる人だったんですよね。それこそタブラなんてエキゾチックな音楽で稀に時々使われるだけで、コンガやボンゴができる人がパーカッショニストだったんです。だけど、僕はラテン音楽を目指していたわけではなかったし、当時僕のまわりにいたプロのパーカッショニストはみんなそれぞれ個性があって、似た人が一人もいなかったんです。それで、「他の人と違うことをやればいいのか! 」と思ったんですよ。とてもクリエイティブな仕事だな、と思いました。だから、他とは違うのは当然かな、と…。それぞれの音楽があって、それぞれのリズムがあって、それぞれの打ち出し方がなきゃだめなんだよなって思います。

最後に、ASA-CHANGさんにとっての『音楽』について、教えていただけますか?

ASA-CHANG 難しいなあ…。もはやリズムだけでもないし、ことばだけでもないし、音楽が音楽にしか聞こえないのはさみしいですよね。音楽が映画のように感じられたり、音楽を聴いていたらお腹がいっぱいになったり、『作用する音楽』をしたいな、と思います。もちろんそういう音楽が苦手な人もいるから聞き流す楽さも必要だけれど、それも含めて作用したい。そういう風に自分の音楽を機能させていけたら、と思います。


ありがとうございました!リズムサーカスでのASA-CHANGさんのリズムから何かが生まれてくる瞬間を楽しみにしています。リズムで何かを生み出せる。作用する音楽は人に伝わる。リアルな音楽って何だろう、と改めて色々考えました。リズムサーカスからも何か生み出せたら良いな、と強く思いました。人の心にズンと沈み込む何かを。
ASA-CHANGさん、本当にありがとうございました。

■■注釈■■

※1 ASA-CHANG&巡礼
1998年に結成された音楽ユニット。ASA-CHANGを中心とし、ギタリストでありプログラマーの浦山秀彦、タブラ奏者のU-zhaanの3人によって構成。既存のジャンルでは括りきれない独特の世界観をもった音楽を展開します。
URL http://www.junray.com/

インタビューアー 吉田みさと(よしだ みさと)

平成元年子供の日生誕。北海道出身。東京藝術大学音楽環境創造科在籍。
ヴィジュアル系について研究。 アフリカングルーヴサークル所属。 学生メディアセンターなないろチャンネル広報担当。 タブラとピアノと歌を緩やかに練習。脈絡のない趣味を抱えながら、音と言葉と出逢った人々を愛しつつ、生きています。